経皮的心房中隔裂開術の実際Practical Balloon Atrial Septostomy
地域医療機能推進機構(JCHO)九州病院小児科Department of Pediatrics, Japan Community Healthcare Organization, Kyushu Hospital
経皮的心房中隔裂開術(Balloon atrial septostomy : BAS)は1966年にRaskind先生らが報告した当時として革新的手技であり,50年を経た今尚,心房間交通維持を目的としたカテーテル治療として小児循環器医が習得すべき手技の一つである.古典的Raskind法(pullback BAS)に要求される技術は,狭小化した卵円孔を通過させる繊細なカテーテル操作と,時として心臓外科医も眉をひそめる大胆な引き抜き操作である.本邦でpullback BASに使用されるカテーテルはRaskindカテーテル,FogartyカテーテルとMillerカテーテルである.我々はFogartyカテーテルを好んで使用し,5 Frシース(強い抵抗があるので慎重な操作を要す)あるいは6 Frシース(初心者には6 Frが勧められる)を体格や状況に応じて使用する.「The balloon withdrawals should not start with a smaller volume and should not be performed with graduated increasing diameters of the balloon」(Mullins先生著)とあるように初回から十分なサイズのバルーンで躊躇なく引き抜きを行うことが肝要である.低体重児や非常に狭小化した心房間交通の場合には,4~12 mm径血管形成用あるいは弁形成用バルーンを使用した心房中隔作成(static BAS)をすることもある.Pullback/static BASいずれも,肺静脈内や左室内操作の回避,同側心耳合併例でのカテーテル位置の確認,また引き抜きの際に下大静脈を損傷しないように注意する.状態の悪い患者に対して緊急的に行う場合があるが,BASが効果的になされれば,その直後から循環状態の改善がみられる.カテーテル位置の確認に心エコーを併用することも考慮され,エコーガイドのみで手技を行う施設もある.引き抜きの具合は指先の感覚にゆだねられる部分もあるため経験蓄積が必要である.
Balloon atrial septostomy (BAS) was firstly described as an innovative procedure by Dr. Raskind and Dr. Miller in 1966. It has been a conventional procedure for pediatric cardiologists to learn for over 50 years. When performing the classical Raskind method (pullback BAS), both of a fine catheter manipulation and a daring catheter pulling, as a cardiovascular surgeon make a disgusted face, are necessary. In Japan, Raskind catheter, Fogarty catheter, and Miller catheter are available for pullback BAS. We prefer a Fogarty catheter, and choose a 5 Fr sheath (it is hard to introduce) or 6 Fr sheath (residents should use it) according to the body size. As Dr. Mullins described that “The balloon withdrawals should not start with a smaller volume and should not be performed with graduated increasing diameters of the balloon”, an unhesitating pulling of a fully inflated balloon is the key to create an adequate interatrial communication. In patients with low birth weight or a small interatrial communication, atrial septoplasty using 4 to 12 mm angioplasty or valvuloplasty balloon catheters (static BAS). All the operators should make attentions to avoid catheter manipirations in the pulmonary veins or the left ventricle, to confirm a catheter position especially in a case of juxtaposed right atrial appendage, and not to damage the inferior vena cava due to overpulling. As BAS is performed in critically ill patients, effective BAS can immediately lead to the hemodynamic improvement. Echocardiography is also available to make sure a catheter position, and it is used as the solitary imaging modality in several institutions. It is necessary to accumulate experiences because practical manipulations depend on the delicate finger sensation.
Key words: Balloon atrial septostomy; atrial septoplasty; pullback BAS; static BAS; Raskind; Fogarty; Miller
© 2016 日本Pediatric Interventional Cardiology学会© 2016 Japanese Society of Pediatric Interventional Cardiology
経皮的心房中隔裂開術(Balloon atrial septostomy: BAS)は完全大血管転位症治療の歴史の中で生まれたカテーテル治療である.1950~1960年代はSenning手術やMustard手術などの心房スイッチ手術が完全大血管転位症の根治的手術として主流であったため,乳児期まで十分な体格の成長を待つ必要があり十分な大きさの心房中隔欠損作成は治療計画の中で必須であった.人工心肺を使用しない心房中隔欠損作成法としてBlalock–Hanlon手術が導入されたもののリスクが高く難しい手術であった.そのような状況の中で1966年にWilliam J. Raskind先生とWilliam W. Miller先生が新生児カテーテル治療の先駆けとなるBASの経験を報告した1).当時として革新的手技であり,50年を経た今尚,心房間交通維持を目的としたカテーテル治療として小児循環器医が習得すべき手技の一つである.
古典的Raskind法(pullback BAS)に要求される技術は,狭小化した卵円孔を通過させる繊細なカテーテル操作と,時として心臓外科医も眉をひそめる大胆な引き抜き操作である.本邦でpullback BASに使用されるカテーテルはRaskindカテーテル(日本Medtronic社),Fogartyカテーテル,Millerカテーテル(共にEdwards Lifescience社)である.また,低体重児や非常に狭小化した心房間交通の場合には,血管形成用あるいは弁形成用バルーンを使用した心房中隔バルーン拡大術(static BAS)が効果的である2).他にブレードカテーテルによる方法もあるが,本邦ではブレードカテーテルの流通がない.本稿では,カテーテルインターベンションを行う小児循環器医のために必要な基本的手技と要点を述べる.
日本循環器学会/日本小児循環器学会編「先天性心疾患,心臓大血管の構造的疾患(structural heart disease)に対するカテーテル治療のガイドライン(2014年)」において,BASの適応は大きく以下3つに分類される.適応①;体肺循環の血流混和(mixing)による有効肺血流増加,適応②;左心狭窄・閉鎖性疾患における肺循環維持・肺うっ血の改善,適応③;右心狭窄・閉鎖性心疾患における体循環維持・体うっ血の改善,である(図1).適応①と②はクラスI・レベルCの治療であり,適応③はクラスIIa・レベルCの治療と位置付けられる3).
適応①の対象疾患は完全大血管転位症であり,特に心室中隔欠損を伴わないI型では,生後早期に動脈管が自然閉鎖に向かうと短絡路は卵円孔のみとなり低酸素血症と代謝性アシドーシスが一気に進行する.プロスタグランディンE1製剤の投与によっても低酸素血症の改善が得られない場合はBASを考慮する.また新生児遷延性肺高血圧症の合併は病態を複雑にするので胎児機能不全や出生時仮死等の周産期情報を確認する必要がある.胎児診断がなされていても生直後チアノーゼが遷延して分娩室等で焦燥を持って対応する症例をしばしば経験する.十分な肺血流が得られず左房圧上昇がないと,心房間の左→右短絡が生じず低酸素血症の遷延を招く.このような症例では十分な酸素投与が必要である.左房圧上昇が得られても尚,低酸素血症が遷延する場合はBASを考慮する.II型では形態の多様性を含み,個々の症例で形態から類推される血行動態を加味してBASの必要性を考慮する.III型では体肺動脈短絡(Blalock–Taussig短絡等)を経てRastelli型手術を行う症例が多く,体肺動脈短絡術前または後でBASが必要となる症例が多い.完全大血管転位症におけるBASの目的は体肺循環の血流混和による有効肺血流増加・チアノーゼ軽減であり,左房圧減圧による肺うっ血の緩和ではない.各施設における手術スケジュールも適応に加味されるべきで,例えば同じ状態であっても,数日内に大血管スイッチ術が予定されるのであれば,上肢の酸素飽和度がやや低値あることや高い左房圧を許容してBASをしなくてもよい.しかしながら過密な手術スケジュールのため1週間を超えて状態安定を図る必要があれば,比較的大きめの心房間交通を作成して,高い酸素飽和度維持と左房圧減圧を目的にBASを行う選択をしてもよい.
適応②の対象疾患は左心低形成症候群とその類縁疾患である.臨床症状,胸部X線の肺うっ血の程度,心エコー図による心房中隔欠損の大きさとドプラー法による心房間短絡血流速度(>1.5 m/s)を総合的に加味して心房間交通が制限的であると判断した場合にBASを考慮する.左房の大きさが十分であればpullback BASを行うが,左房が小さい症例や心房中隔肥厚がある症例ではstatic BASを検討する.胎児期から卵円孔閉鎖を伴う左心低形成症候群では生後間もないチアノーゼ遷延と肺うっ血進行から緊急的な対応が必要になることがある.胎児診断の進歩により出生前に心房間交通の評価が可能となったので,このような症例は産科・新生児科の連携と専門施設への母体搬送が推奨される.左心低形成症候群では最終的姑息術としてFontan型手術への到達を目指すが,狭小心房間短絡・卵円孔閉鎖を合併した症例では胎内から既に肺動脈閉塞性内膜肥厚や肺小動脈低形成,リンパ管拡張症が生じている例があるため,早期の十分な心房間交通確保による左房減圧が必要となる.しかし早期治療介入による心房間交通確保を行ったとしてもFontan手術到達率はいまだ不良である4).また,胎児期から卵円孔閉鎖を伴う左心低形成症候群では左房–主静脈交通(levoatrio–cardinal vein)が左房や肺静脈から無名静脈や上大静脈へ発達し自然に左房減圧がなされていることも多い.
適応③の対象疾患は三尖弁閉鎖症や右室低形成を伴う純型肺動脈閉鎖症である.通常は胎内より十分な右房→左房短絡が確立しており,生後,緊急的な対応を要することは少ない.形態的にフラップ状になっていることが多いため肺血流増加の経過をたどる血行動態の場合は生理的肺血流増加を受けて左房圧が上昇し,十分な心房間交通が維持できなくなることもある.また体肺血流短絡(Blalock–Taussig短絡等)を予定している場合も同様で,術後の心房間交通不全を予防するために,術前の診断カテーテルに合わせてBASをすることが考慮されてもよい.日々の診察で肝腫大の程度と心拍出量低下(皮膚色に蒼白感が出てくる)に注意しながら観察を怠らないようにすることで緊急治療は回避できる.
当院での経験を表1にまとめた.85%はpullback BASで,15%はstatic BASであり,対象疾患は完全大血管転位症(前述の適応①)59%,左心系狭窄・閉鎖病変(適応②)20%,右心系狭窄病変(適応③)21%であった.平均施行日齢30(0~582),平均施行時体重3.3(1.8~6.8)kgであった.完全大血管転位I型では生後数日の中でBASを行うことが多いが,完全大血管転位III型や三尖弁閉鎖などは姑息術後に治療する症例もしばしば経験される.
症例数 | 206 | 例 | |
Pullback BAS | 174 | 例 | |
Static BAS | 32 (15%) | 例 | |
施行日齢 | 30 (0~582) | 日 | |
体重(kg) | 3.3 (1.5~6.8) | kg | |
対象疾患 | D-TGA | 115 (59%) | 例 |
MA/MS with DORV | 38 (20%) | 例 | |
PA IVS | 27 | 例 | |
TA | 13 | 例 | |
BAS; balloon atrial septostomy, D-TGA; transposition of the great arteries, MA; mitral valve atresia, MS; mitral valve stenosis, DORV; double outlet right ventricle, PA IVS; pulmonary atresia intact ventricular septum, TA; tricuspid atresia |
BAS適応症例では,家族への説明と同意を済ませ,心臓カテーテル室へ搬入する.生後間もなくの緊急的治療となると家族も十分な理解が得られてないので丁寧な説明を心がけたい.
近年では心エコーガイド下にNICU内で実施する報告もあるが,安全性を考慮するならば,手技によほどの自信がない限り心臓カテーテル室において透視下に行った方がよいだろう5).麻酔方法に関して,全身麻酔あるいは静脈麻酔の選択は各施設による.非常に全身状態が悪い場合は全身麻酔で行うことが望ましいが,生命危機的な卵円孔狭窄のため直ちに心房間交通を獲得しなければならない症例では,気管内挿管をして静脈麻酔薬による処置を行わざるを得ないこともある.循環器小児科と麻酔科・心臓血管外科・新生児科間の柔軟な連携が安全に処置を行うための礎となる.手技中のモニターは,経皮的酸素飽和度モニター,心電図計,マンシェット血圧計が必須である.可能であれば観血的動脈圧モニターをしておく.Static BASや心房中隔穿刺をする場合は観血的動脈圧モニターは必須である.BASを行ういずれの血行動態においても体循環への血栓症・塞栓症には十分注意を払う必要がある.シースを挿入後にヘパリンナトリウム100単位/kgを経カテーテル的に投与し,随時,活性化全血凝固時間(Activated clotting time; ACT)の測定を行う.術者は測定を忘れてしまうので,タイマーをセットして補助者にヘパリン投与からの時間経過をコールしてもらうようにする.
本邦でpullback BASに使用されるカテーテルは,Raskindカテーテル(日本Medtronic社)と,MillerカテーテルとFogartyカテーテル(共にEdwards Lifescience社)である(表2).Raskindカテーテルのシャフトはポリエチレンテレフタラートで,先端バルーンは天然ゴムである.バルーン内容量は2.0 mLで,バルーン径14 mmである.オリジナルのRaskindカテーテルのシャフトはウーブンダクロン性であり硬さがあった.Fogartyカテーテルのシャフトはポリ塩化ビニルで,先端バルーンは天然ゴムからなる.バルーン内容量1.8 mLで,バルーン径15 mmとなる.内部に金属製スタイレットが入っているので,カテーテル操作がしやすい.MillerカテーテルはFogartyカテーテルよりもバルーン径・シャフト径が大きいもので材質や構造は同じである.適応が7 Frシースのため新生児期のpullback BASで使用することはなく乳児例の適応となる.Pullback BAS用カテーテルは施設によって採用されているものが違うが,基本的な手技は同じである.
Rashkindカテーテル | Fogartyカテーテル | Millerカテーテル | |
---|---|---|---|
販売元 | 日本Medtronic | Edward Life Science | Edward Life Science |
適合シース | 6 Fr | 6 Fr (5 Fr) | 7 Fr |
バルーン内容量 | 2.0 mL | 1.8 mL | 4.0 mL |
バルーン径 | 14 mm | 15 mm | 19 mm |
材質 | バルーン天然ゴムポリエチレンテレフタラート | バルーン天然ゴムポリ塩化ビニル | バルーン天然ゴムポリ塩化ビニル |
緊急BAS,すなわち重度チアノーゼや重度うっ血のため循環不全がある場合は,直ちにBASを行い,状態が許せば診断カテーテルの後にBASをする.
アプローチは大腿静脈(右大腿静脈の方が心臓正位例ではアプローチが容易である)あるいは臍帯静脈から施行される.心房中隔裂開用Fogartyカテーテルを使用する場合は,5 Frシースで対応可能であるが,5 Frシースを通過させる時に非常に強い抵抗があるので,カテーテルが(内腔スタイレットと共に)折れないように,ゆっくりと慎重に進めてゆく.経験が浅く不慣れな場合は6 Frシースに交換することが望ましい.Raskindカテーテルは6 Frシース適合であるため,診断カテーテルで5 Frシースを使用したのであれば6 Frシースに交換する必要がある.
Fogartyカテーテルでは,内腔の金属製スタイレットをしっかりと先端まで挿入し(手前にシールがついているので取る),用手的に先端1 cmあたりを30~40度曲げる(図2).先端の角度をつけることで卵円孔を通過しやすくする.5 Frシースにゆっくりと慎重に挿入させてゆくと,シースを通過した時点でスッと抵抗がなくなるのでゆっくりと慎重にカテーテルを右房まですすめてゆく.正面・側面透視画像でカテーテル位置を確認しながら,慎重な操作で卵円孔を通してカテーテルを左房へ挿入する.事前の診断カテーテルの際に,BermanアンギオグラフィクカテーテルやNIHカテーテルなどで卵円孔の位置を確認しておくとよい.左房から右房への引き抜き圧測定をするときに透視画像を保存しておき卵円孔の位置を確認しておくこともお勧めする.粗雑な操作を行うと心房粗動・心房頻拍を起こすので注意が必要である.BASカテーテルを左房へ挿入後,正面・側面の透視画像で視認によりカテーテルが必ず左房内にあることを確認する.カテーテル先端が,①左肺静脈内ではないか,②左室内ではないか,③並列(同側)心耳(juxtaposed atrial appendage)で右房内ではないか,④冠静脈洞内(特に左上大静脈遺残)ではないか,の4点を確認する(図3)6).カテーテル先端の動きに注目して心拍動に応じた動きが見られるとよいが,肺静脈内や冠静脈洞内であるとカテーテル先端が固定された印象となる.左室内ではないか,並列(同側)心耳ではないかに関しては,側面像を見ながらカテーテル先端が後方に向いていることを確認する.カテーテル位置を確認後,Fogartyカテーテルではスタイレットを抜去し,各BAS用カテーテルに応じた内容量の約2倍希釈造影剤(Raskind; 2.0 mL, Fogarty; 1.8 mL~経験的に2.0 mL注入できる)注入する(図2).バルーンインフレーション中もバルーン変形がないかどうかを透視で確認しながら行う.またショートシース(15 cm長)使用時はよいが,25 cm長のシースなどを利用する場合や臍帯静脈からのアプローチをする場合は,シース先端が下大静脈から右房への接合部にないこと確認する.引き抜いた際にシース先端でバルーン破損する原因となるためである(図4).
A; Fogartyカテーテルの準備.ストレートなカテーテルである.B; 金属製スタイレットを先端まで挿入する.C; 先端を用手的に曲げる.D; 35度の角度がベストである.E; Fogartyカテーテルをシース挿入し,スタイレットを抜去する.F; ロック付5 mLシリンジで2倍希釈造影剤を1.8 mL注入する.
完全大血管転位症新生児例のpullback BAS. カテーテルが左房内にあることを必ず確認することが重要である.①左肺静脈内ではないか,②左室内ではないか,③並列(同側)心耳(juxtaposed atrial appendage)で右房内ではないか,④冠静脈洞内(特に左上大静脈遺残)ではないか,の4点を確認する.カテーテル先端の動きと側面像で後方にカテーテルがあることがポイントである.
引き抜く前には気を落ち着けて再度カテーテル位置を確認する.右手の親指と人差し指,中指の3本でカテーテルを保持し,右手の尺側を患者側で固定し,手首のスナップを利かせるように素早く(jerkyに)引き抜く.右手尺側を患者側で固定するのはブレーキの役割を果たすためで,引き抜き過ぎによる下大静脈損傷を防止する(図5).また躊躇してゆっくりと引き抜くと心房中隔がストレッチされるだけとなるため,一気に素早く引くことが肝要である(図6).BASカテーテルを少し引っ張って心房中隔にバルーンがあたっている感覚を確かめながら,「1, 2, 3!」のリズムで引き抜くとよい.素早く1秒くらいで引き抜いた後は少し右房内へ押し戻すような感覚でカテーテルを操作し,下大静脈入口部あたりにバルーンを戻す(図7).左房から引き抜く前に力が入ってカテーテルを押し込んでしまうと僧房弁から左室に入ってしまうので,押し込まないように注意しなければならない.適切なBASがなされれば,手元で「プチッ」と心房中隔縁を裂開した感覚がある.力加減が分からず引き抜き過ぎてバルーンによる下大静脈損傷を避けなければならない(図8).BAS後は直ちにバルーンをデフレーションする.通常2~3回この操作を繰り返せば十分である.酸素飽和度を評価しながら効果を確認する.充分な心房間交通が作成されるとカテーテルが心房中隔欠損孔を通して右肺静脈に入りやすくなる.
手首のスナップを利かせるように素早く(jerkyに)引き抜く.素早く1秒くらいで引き抜いた後は少し右房内へ押し戻すような感覚でカテーテルを操作し,下大静脈入口部あたりにバルーンを戻す.
心房間交通が危機的であれば,カテーテル挿入やバルーンインフレーションだけでチアノーゼ増強・血圧低下を招くことがある.その場合は躊躇せず処置を完結させてしまう方がよいので,バルーンインフレーション後,一気にBASをする.Mullins先生の著書には「The balloon withdrawals should not start with a smaller volume and should not be performed with graduated increasing diameters of the balloon」と記載されており,大きな開存を望む場合は最初から最大量のバルーンにして引き抜くことを勧めている6).最初に小さいバルーンで中途半端に開存させてしまうと,その後に大きなサイズにしてもストレッチされるだけで大きくならないからである.ただし左心低形成症候群で経験される肥厚した心房中隔や,三尖弁閉鎖症や純型肺動脈閉鎖症で経験されるフラップ状の心房中隔では,大きいバルーンで引き抜けないことがある.その場合は少し小さいサイズにして引き抜くと良い.また完全大血管転位症において新生児期の大動脈スイッチ手術が主流である近年は,大きな心房中隔欠損を作成してプロスタグランディン製剤投与を中止するという治療法は行わないので,適度な大きさの心房中隔作成にとどめておく方が良い.いずれにせよ経験が必要である.
非常に狭小化した心房間交通しかない症例や,pullback BASで十分な効果が得られない症例では,血管形成用または弁形成用バルーンによる心房中隔バルーン形成術(static BAS=atrial septoplasty)を行う.またダブルバルーン法を用いることでより大きく拡大することが可能である.欠損孔がほとんどないような症例では4~6 mm径の血管拡張用バルーンで前拡大し,10~12 mm径の血管拡張用バルーンで追加拡大する7).私たちは血管拡張用バルーンSterling(Boston Scientific社)を使用することが多い.左心低形成症候群のように狭小心房間交通と心房中隔肥厚がある症例では,通常の血管形成用バルーンの通過が困難なこともあるので,0.014インチガイドワイヤー挿入下に冠動脈形成用バルーンを使用することもある.新生児期を過ぎた症例や前述の適応②や③のように十分な交通を得たい場合は,8~10 mm径の血管拡張用バルーン2本を使用してstatic BASをする.一方,低体重児の症例において,pullback BASで使用される血管形成用カテーテルは4 Fr~5 Frサイズで施行可能なため,血管損傷回避の観点からstatic BASが行われる場合もある.
5 Frシースを挿入し,5 Frエンドホールカテーテル(マルチパーパス型かJR型など)を親カテとして欠損孔を通し右房から左房へ挿入する.ガイドワイヤーは0.018インチを使用するが,ソフトチップの短いガイドワイヤーを使用しないとソフトチップが心房中隔を越えないのでガイドワイヤーは適切なものを選択する.私たちは比較的硬いスチール製ワイヤーであるThruway(Boston Scientific社)を頻用する.先端がJ型にカーブしているものはよいが,ストレートであれば先端を用手的にJ型に軽く形成しておく.これはガイドワイヤー先端が左心耳内でループを描いて安定しやすくするためである(図9).親カテ内にガイドワイヤーを挿入し左房に進める.ガイドワイヤー先端は左心耳に位置することが望ましく,左肺静脈や左室に入れないように注意する.左肺静脈や左室に挿入するとバルーン拡張した時に左肺静脈や僧房弁損傷の要因となるからである(図10).左心耳内でソフトチップをループさせて,ソフトチップが完全に心房中隔面を越えて左房側にあることが望ましい.その後ガイドワイヤーにバルーンを追随させてゆくが,心房間交通が危機的であると心房中隔面で抵抗を生じてバルーンが左房内へ入りにくいこともある.この時は通常のバルーン血管形成術で使用するテクニックと同様に左手でカテーテルシャフトの根元を押しこむと同時に,右手でガイドワイヤーを保持(気持ち引きながら)しつつ,バルーンカテーテル後端を押し込む操作を行うとよい.その操作によっても尚抵抗がある場合は小径のバルーンへサイズダウンして試してみる.正面・側面の透視画像でバルーンの位置を視認して,バルーンのマーカーの間に心房中隔が位置するように調整する.最大圧まで一気に加圧する.バルーンの位置が適切であればバルーンにウエストが生じ,そのウエストの消失を確認できる.バルーンのウエストが生じなければ,少し手前や少し奥にバルーンの位置を移動させて試みる.また経胸壁心エコーや経食道心エコーにより位置を確認することもある.バルーンを最大圧まで加圧後は素早く減圧・デフレーションし,バルーンを少し右房側へ抜いて心房間交通を確保してやることが必要である.
ガイドワイヤー先端を用手的にJ型に軽く形成しておくと,ガイドワイヤーが左心耳内でループを描いて安定する.親カテ内にガイドワイヤーを挿入し,ガイドワイヤー先端は左心耳に留置しソフトチップをループさせて,ソフトチップが完全に心房中隔面を越えて左房側にあることが望ましい.
ダブルバルーン法によるstatic BASも有効である.最初はシングルバルーンによるstatic BASから段階的に行うことを勧めるが,慣れてくるとダブルバルーン法でないと十分な心房間交通が獲得できないことが分かってくるので,最初から10 mm径のダブルバルーンで行うこともある.基本的には前述の適応②あるいは適応③の疾患群に行うことが多いので可能な限り心房中隔を大きく開大させるつもりで臨んでよい.シングルバルーン法もダブルバルーン法も手技は同じである(図11).ダブルバルーン法ではバルーン同士がスリップしてしまうことが懸念されるが,Sterlingバルーンを使用しても経験上あまりスリップすることはない.ただし左心低形成症候群のような小さな左房にダブルバルーンを行う時には左房内に2つのバルーンが収まるスペースがないのでスリップしてしまう.
純型肺動脈閉鎖症新生児例におけるダブルバルーンによるstatic BAS. この際,2本のガイドワイヤーは左心耳へ留置する.バルーンウエストが消失して,有効な拡張がなされた.
左心低形成症候群の卵円孔閉鎖症例にはBrockenbrough法による心房中隔穿刺後にstatic BASをする必要がある.通常,胎内で左房–主静脈短絡(levoatrio–cardinal vein)が発達していることが多いが,生後の肺循環の開始とともに低酸素血症・肺うっ血が生じてしまい緊急治療を必要とすることもしばしばである.最近では高周波エネルギー経中隔穿刺用針RF needle(日本ライフライン社)が普及し好んで使用される.従来のBrockenbrough針と異なり,押して突き刺す操作が必要ないため左房後壁や肺静脈を穿刺する危険が少ない.RF needle用シースは通常8 Frであるが,対象患者は新生児例が多いので静脈損傷を回避するために,RF needle用シース付属のダイレーターのみ(6 Fr相当)を使用する.0.035インチガイドワイヤー(付属のものでよい)をSVCまで挿入しダイレーターのみ(シースを使用しない)に交換する.経胸壁あるいは経食道心エコーでRF needleの位置を何度も確認しながら穿刺部位を決定する.通電により心エコーで左房内にマイクロバブルが確認されたらRF needleを少し押し進める.先端圧を測定したり,希釈した造影剤を注入してRF needle先端が左房内にあることを確認した後,ダイレーター先端をRF needleに沿わせてゆっくりと左房内に進める.ダイレーター先端が左房内に入ったら,RF needleを慎重に抜去して0.014インチあるいは0.018インチガイドワイヤーを左房内に挿入する.この後は前述のstatic BASと同様である(図12,図13).
卵円孔閉鎖を伴う左心低形成症候群の新生児例.RF Needleを入れたダイレーターを挿入し,経食道心エコーで確認して心房中隔を穿刺する.0.014インチガイドワイヤー挿入後,Sterlin 5 mm→Sterling 10 mmで拡張して有効な拡張を得た.
BASの合併症を表3に示す.Pullback BASにおいて,バルーンを引き抜いた直後は一過性の徐脈や低血圧がみられることはしばしば経験されるし,心房間交通が非常に危機的である症例ではBAS用カテーテルを通しただけでも徐脈や低血圧を生じることもある.そのような場合はアトロピンやアドレナリン投与の必要があるので予め体重に応じた投与量を計算して補助者に伝えておくことも必要である.またこのような循環変動に遭遇しても躊躇せずに手早くインフレーションして引き抜くことも必要であり経験の積み重ねが大切である.重大な心血管損傷の回避は引き抜く前あるいはバルーンを拡張させる前にカテーテル位置を確認することに尽きる.もし生じてしまえばそれは必ず致命的合併症となるため,どれだけ注意を払うことができるかが合併症回避の最大の要所である6).引き抜き過ぎによって生じる下大静脈損傷の防止は,前述の様にカテーテルを保持する手の位置の工夫が大切であるが,力加減と距離感の把握は実際にやってみないと難しく,経験の蓄積が必要である.
・徐脈・血圧低下 |
一過性・迷走神経反射 アトロピン投与 |
・弁や血管の損傷 |
生じたら致命的 回避が唯一の方法 カテーテル位置の確認 |
・下大静脈損傷 |
引き抜けないからと無理をしない |
・バルーン破裂・デフレートできない |
・血栓・塞栓症 |
ヘパリン投与を十分に 手技時間を短く |
・静脈閉塞 |
BASを必要とする血行動態では,カテーテル操作は体循環内で行われるため,血栓・塞栓症には細心の注意が必要である.ヘパリン投与やシースのフラッシュを心がけたい.一時,大動脈スイッチ術後患者の脳MRIで陳旧性脳梗塞が多く観察され,新生児期に行ったBASの影響が危惧されたこともある.これは後に否定的見解がなされたが8),いずれにせよBAS処置中には空気塞栓・血栓症には十分な注意が必要である.
バルーン破裂は稀な合併症であり,FogartyカテーテルやRaskindカテーテルではバルーン先端分を挿入前に傷つけたり,シースへの荒々しい挿入をしない限りは破損することはない.またバルーンをインフレーションする前にしっかりと空気抜きをしていれば,もし破裂したとしても重大な塞栓症を招くことはない.BAS中のバルーン脱落という稀な合併症もあり,NuMEDバルーン(BAS用)の先端バルーン脱落が生じたことは比較的記憶に新しい9).BAS終了後にも気を抜くことはできない.FogartyカテーテルやRaskindカテーテルをシースから引き抜く際,バルーンデフレーションが不十分なまま,抵抗があるにも関わらず無理にカテーテルを引き抜こうとすると,シース先端がめくれてしまったり,バルーン先端だけが引きちぎれて血管内に遺残したり厄介な事象を招く.先端バルーンは透視で視認できないし,シャフト部分がバルーン先端について残ればかろうじて視認することができるかもしれないが,スネアワイヤーでそれを除去するのは至難の業である.
また血管閉塞も憂慮すべき合併症である.私たちは小径シースを使用する観点からFogartyカテーテルを好むが,新生児例で6 Frシースを挿入することは静脈閉塞のリスクとなる.BAS必要例では複数回のカテーテルが必要な症例も多く,大腿静脈閉塞はその後のカテーテル検査・治療において障壁となりうる(図14).シース留置時間を短くすることはもちろんのこと,ヘパリンの適正使用やシース抜去後の丁寧な止血を心がけたい.
BASは心房間交通維持を目的としたカテーテル治療として,50年にわたる歴史の中で変わらぬまま伝えられてきた技術であり,現在でも小児循環器医が習得すべき手技の一つである.見た目荒々しい処置であるものの(多くの小児循環器医は最初に見たときに驚きをもったに違いない),合併症は比較的少ない.しかし,それは丁寧なカテーテル操作と幾度とない確認作業の積み重ねに基づく.この心房中隔欠損を作成する手技は心房中隔欠損を閉鎖する手技,すなわち経皮的心房中隔欠損デバイス閉鎖に通じるところがあると感じる.感覚に頼る部分もあるので何より経験の積み重ねが大切であり,本稿が小児循環器インターベンションを志す医師への道標となることを期待したい.
日本Pediatric Interventional Cardiology学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.
本論文の内容は第27回日本Pediatric Interventional Cardiology学会の教育講演の内容をもとに一部加筆したものです.
1) Rashkind WJ, Miller WW: Creation of an atrial septal defect without thoracotomy. A palliative approach to complete transposition of the great arteries. JAMA 1966; 196: 991–992
2) Mitchell SE, Anderson JH, Swindle MM, et al: Atrial septostomy: stationary angioplasty balloon technique–experimental work and preliminary clinical applications. Pediatr Cardiol 1994; 15: 1–7
3) 中西敏雄ら(2012–2013年度合同研究班):先天性心疾患,心臓大血管の構造的疾患(Structural heart disease)に対するカテーテル治療のガイドライン(2014年度版)
4) Rychik J, Rome JJ, Collins MH, et al: The hypoplastic left heart syndrome with intact atrial septum: atrial morphology, pulmonary vascular histopathology and outcome. J Am Coll Cardiol 1999; 34: 554–560
5) Steeg CN, Bierman FZ, Hordof AJ, et al: “Bedside” balloon septostomy in infants with transposition of the great arteries: new concepts using two-dimensional echocardiographic techniques. J Pediatr 1985; 107: 944–946
6) Mullins CE: Balloon atrial septostomy. in Mullins CE, (ed): Cardiac catheterization in congenita heart disease: pediatric and adult. Blackwell Publishing, Inc, 2006, pp. 378–391
7) Lang P: Other catheterization laboratory techniques and interventions: atrial septal defect creation (balloon, blade): biopsy, exercise, pericardial drainage, drugs, fenestration dilation/creation, transseptal, othters. in Lock JE, Keane JF, Perry SB, (eds); Diagnostic and interventional catheterization in congenital heart disease. 2nd edition, Kluwer Academic Publishers, 2000, pp. 245
8) Petit CJ, Rome JJ, Wernovsky G, et al: Preoperative brain injury in transposition of the great arteries is associated with oxygenation and time to surgery, not balloon atrial septostomy. Circulation 2009; 119: 709–716
9) Vogel JH: Balloon embolization during atrial septostomy. Circulation 1970; 42: 155–156
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